エルメス(フランス)

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1837年パリのランバール通りにティエリ・エルメスが高級馬具を開いたのが始まりです。
テーブルウェアの分野においても1984年に一作目の「ピヴォワンヌ」を発表。「彩り鮮やかなスカーフ」をイメージに、エレガントな世界を再現しました。

ロイヤルドルトン(イギリス)

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イギリス最大級の陶磁器メーカー。

1815年ジョン・ドルトン(John Doulton)がジョン・ワット(John Watts)の共同出資を受けてロンドンのランベスで創業した。その当時は炻器(ストーンウェア)をつくる小さな企業であった。ドルトンの大きな飛躍は2代目ヘンリー・ドルトン(Henry Doulton)の代になってからである。ヘンリーはまず蒸気機関を取り入れ生産効率を高め、排水設備や衛生用品を製品化し、ロンドンの都市化に大きく貢献するとともに企業として大成功を収めた。

1877年ヘンリー・ドルトンは、ロンドンでの大成功によって、現在も本社となっているバースレムに窯を移す。ここからドルトンはボーンチャイナを導入し、芸術的テーブルウェアを創造していくこととなる。1887年ヘンリーはヴィクトリア女王より陶磁器界では初めてのナイトの称号を与えられ、1901年にはエドワード7世よりロイヤルの称号を与えられた。

現在は、世界中の大人気ベストセラー「ハドンホール」を持つミントン、世界最大数の生産量を誇る「オールドカントリーローズ」を持つロイヤルアルバート、イギリス陶磁器最高の「ロイヤル」と「クラウン」の称号を持つロイヤルクラウンダービーを傘下におさめる世界最大の陶磁器メーカーの一つである。

ヘレンド(ハンガリー)

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ハンガリーの首都ブダペストの小さいな村で1826年シュティングル・ヴィンツェ・フェレンツによりヘレンド窯が開窯された。当初は、アウガルテンのNo2的存在でしたが19世紀半からのロンドン博やパリ博で数々の栄誉を獲得し一流の人気窯となり現在に至っています。

バカラ(フランス)

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ロレーヌ地方にある小さな村でクリスタル・バカラは生まれました。1764年にルイ15世の許可を受けて創設され1823年のパリ国民博覧会では金賞を射止めてルイ18世を始めとする王候貴族たちに愛用されてきました。現在、フランスの手作り高級クリスタルの全生産量の50%を占め日本をはじめとする世界各国に輸出されています。一つひとつに輝かしい伝統と技術が込められています。

マイセン(ドイツ)

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約300年前、ヨーロッパで初めて硬質磁器を生みだしたドイツの名窯「マイセン」。その繁栄の歴史の裏には、時代の流れや、陶磁器に果てしない情熱を傾けた人々を抜きにして語ることはできません。
17世紀、ヨーロッパでは中国の磁器や日本の伊万里などが盛んにもてはやされていました。純白で薄く、硬く艶やかな硬質磁器はヨーロッパでは未だにつくりだすことのできないものであり、列国の王侯貴族、事業家たちはやっきになって製法を見つけようとしていました。
なかでもドイツのザクセン選帝候アウグスト2世(アウグスト強王)は東洋磁器屈指の蒐集家であり、アウグスト軍に属する兵士600人とプロイセンの竜騎兵の壷151個を交換したという逸話も伝わっています。

すごく高い。

リチャード・ジノリ(イタリア)

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1735年にトスカーナ大公国のカルロ・ジノリ侯爵が自領であるドッチアに磁器窯を開き創業。当時マジョリカ陶器全盛のイタリアにおいて、マイセンやウィーン窯に対抗すべく、鉱物学に造詣が深かったジノリ侯爵は自ら原料土を捜したり、ペーストの生成や発色等の磁器の研究を行い、イタリア初の白磁を完成させた。
ジノリ最古の代表作である「ベッキオホワイト」は不変の定番として親しまれている。また、1760年頃にトスカーナのとある貴族の為に造られた「イタリアンフルーツ」は現在でも新鮮さに満ちあふれ、不朽の名作として愛される。

ウェッジウッド(イギリス)

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ジョサイア・ウェッジウッドによって1759年に設立された。世界最大級の陶磁器メーカーの一つである。主に高級食器を製造・販売しているが、アクセサリやタオル、テーブルクロスなども扱っている。

ロイヤルコペンハーゲン(デンマーク)

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古くから日本の有田焼の影響を強く受け、手描きによるコバルトブルーの絵柄が特徴。1868年から制作されている下絵の手描きのブルーバターン「ブルーフルーテッド」はベストセラーのひとつ。唐草模様パターンで緻密なレース技術が繊細で格調高く世界中で愛されているが特に日本人の人気を集めている。