海外旅行でのタクシーの思い出
流しのタクシーがない都市もあります。
途上国では、タクシーしか移動手段がない場合もあります。
イスラム圏の国では、タクシーに乗るにもいちいち料金交渉をするので、面倒です。
空港との間はかなり長く乗るので、運転手と話し込むことが多いです。
仰天するほど面白い身の上話を聞くこともあります。
多くの国において、タクシードライバーは本国人ではなく、数奇な運命を経た移民です。
旅行家の大木一雄さんによると、サイゴン陥落から数年後のサンフランシスコで乗ったタクシーの運転手は、南ベトナム軍の将校だったと言いました。
ヘリコプターで脱出した話を聞かせてくれたのですが、作り話ではないと思っています。
エチオピア人の運転手にあったこともあります。
これは、エチオピアが内戦状態になった時のこと。
社会主義諸国崩壊の前後には、アメリカのタクシー運転手に、そこからの難民が増えました。
エストニア人もいたし、ロシア人もいました。
オーストラリアのシドニーでホテルから空港まで乗ったタクシーの運転手は、レバノンで医者をしていたと言い、内戦前のベイルートがいかに美しい町であったかを延々と話しました。
こうした人達と話していると、世界情勢の動きを肌で感じることができます。
そして、そうした経験にあうことがない日本の町は、世界の他地域からなんと隔離されているのだろうと感じざるをえません。
「タクシーは情報産業である」という考えを裏からみれば、「タクシーに乗るのはお上りさん」ということになります。
難しいのは「外国語で行き先を告げる」ことだけで、あとは、座っていれば自動的に連れていってくれます。
目的地に到着できて当たり前なのですから、「達成感」がありません。
「海外旅行は思い出を作るための投資」という立場からすると、少しは難しい手段を取るほうがよいかもしれません。
「努力をし、それに成功して報われた」という事実は、よい思い出になるのです。