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      <title>テーブル合衆国</title>
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      <description>世界中の食器がテーブルの上で仲良く並ぶ。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>地域密着型品揃え　2</title>
         <description><![CDATA[自分の店のある繁華街の市場と、ファッション・トレンドの中心である東京の銀座、青山、原宿、渋谷、新宿などのメイン・ストリートの流行の消化測定速度を比較してみるのです。


・・・これらの街で土日の人出の一番多い時間をねらって、写真を撮って現実のファッション・トレンドのデータをつくります。


同じように、自店市場でも写真データをつくり、自店で販売している商品と比較してみます。


そうすると、マスコミの騒いでいるトレンド情報と、現実に売れている商品とのタイム・ラグ(時間的ずれ)が発見できます。


消費の実態がわかるわけです。


また収集された写真から、先端の消費者はどんな着こなし方をしているか、どんな変化や、どんなものと組み合わせてルックスを完成させているか、という状況も判別できます。


街は最大の教師なのです。


こうした手づくりのデータを基本にして、一般のファッション情報をミックスすれば、自店の主力商品とトレンド商品との比率も設定しやすくなります。


これらのことは<a href="http://www.futboljersey.com/" target="_blank">サッカー ユニフォーム</a>を販売しているスポーツショップにも言えることです。


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         <pubDate>Thu, 02 Feb 2012 17:16:32 +0900</pubDate>
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         <title>地域密着型品揃え</title>
         <description><![CDATA[ファッション専門店にとって、いつも頭の痛い問題は、トレンド商品と重点商品のパーセンテージの設定です。


洋服ダンスの中はギューづめですから、現代女性は洋服を買わないのかというと、そうではありません。


ムダなものは買わないのであって、生活をよりリフレッシュしたいという希望は強いのです。


人間の変化に対する要求は、想像以上に強いのです。


最近は日本代表の<a href="http://www.futboljersey.com/" target="_blank">サッカー スパイク</a>レプリカが人気ですが、これも生活を楽しむための買い物ですね。


売れないのは、消費者が節約しているためというより、手持ちのものを捨ててまで買いたいと思うような商品が売場にないからです。


本当に気に入った服なら、どんなことがあっても手に入れようとするのが女性の心理です。


センス・オブ・ムーブメント・・・


つまり、次のシーズンの方向づけをしたり、店全体のイメージを広げたり、ファッション性を強調する商品がトレンド商品です。


このトレンド商品をどの程度採用したらよいのか？


伝導師型専門店は、自店のトレンド商品の扱いや設定に、基本的な勉強と調査を行なっています。


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         <pubDate>Wed, 18 Jan 2012 17:15:07 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>お客からのクレームを集めてお客に&quot;公開&quot;　2</title>
         <description>クレームを訴えに勢い込んで入って来るやそれを見て、


「ほおう、わかっているのか。それじゃ、いいや」


・・・と、そのまま帰っていくお客が現れたのです。


「ここは、こういうことを隠さないのかい」と言って感心するお客・・・


「よく真剣に文句を聞いているな」と褒めてくれるお客まで現れました。


もちろん、お客に見てもらうために貼り出したわけではありません。


Aさんは、この素晴らしい&quot;おまけ&quot;に目を白黒させながら、半年間もこれを続けていきました。


その間にクレームはみるみる減ってきて、彼らの課題は見事に達成されていったのです。

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         <pubDate>Mon, 12 Dec 2011 10:27:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>お客からのクレームを集めてお客に&quot;公開&quot;</title>
         <description>「苦情が多くて車が売れないよ」とのセールスマンからのひと声をきっかけとして、お客からのクレームゼロをめざしたある工場長のAさん。


彼は、その工場が属する営業所の全員に、苦情の現状を共有化しなければならないと考えました。


その第一歩として、お客から言われた苦情らしきものはすべて、みんなに一覧できるようにした。


「ハンドルのブレが直っていない」


「エンジンの調子が調整まえと同じだ」


「部品を頼んであるけど、何の連絡もない」


・・・など、お客から言われたことをセールスマンやフロントマンから聞き出して、Aさんはそれを、そのまま模造紙に書いていきます。


その模造紙を、みんなによく見えるようにと、フロントの後ろの壁に貼り出し、クレームのつどそこに書き足し、解決すると棒引きしていきました。


・・・するとなぜか、1カ月もたたないうちに苦情が減りはじめたのです。


セールスマンも、自分がお客から言われたことが間違いなくその当事者に届いていることに安心しました。


そのうちに、思いもよらぬことが起こってきました。


貼り出されている模造紙はどこからも丸見えなので、営業所にやってくるお客も、それをついつい見てしまうことになります。

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         <pubDate>Thu, 10 Nov 2011 10:25:52 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>スリープ・セレモニーという現象　2</title>
         <description><![CDATA[有名な「パブロフの条件反射」をご存じでしょう。


犬にベルの音を聞かせながら肉片をあたえていると、肉片をやらなくてもベルの音だけで唾液が出るようになります。


・・・つまり、「ベルの音」「肉片」が条件として結びつき(条件結合)、条件反射を形成したわけです。


これを繰り返し繰り返し行なうと、この習慣があとあとまで長く残ります。


就眠儀式も、こうした条件反射の一種と考えられます。


つまり、偶然に<a href="http://nuqmo.com/" target="_blank">ソファー ベッド</a>で寝る前に行なっていた行動が、いつの間にか就寝に結合してしまい、この条件が守られないと眠れなくなるというものです。


枕もとの目覚まし時計を自分の頭の真うしろにおくとか、あるいは、頭と時計の距離を一定に保っていないと眠れないというものです。


なかには、障子の戸がつねに17センチちょうどに開いていないと眠れないという人もいます。


なぜ17センチという数字がたいせつなのかというと、彼は大のオーディオマニアで、愛用していたミッド・レンジスピーカーの寸法が17センチだったというわけです。


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         <pubDate>Mon, 10 Oct 2011 13:36:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>博徒社会の心理とジンクス</title>
         <description><![CDATA[
賭博というものは、とんでもなく古い時代からありました。


そして、それが悪事として厳重に禁止されるようになってからも、けっきょく根絶できないままで今日に及んだのは、じつは賭博が強烈な人間的な欲求・・・


生存への切望と、楽な方法で無から何かを手に入れる魅惑という二つの人間的な欲求、によって絶えず培養されているからです。


ローレンス・グルドの『幸福への道』にいう・・・


「この人たちの運の固定観念が甚しく子供らしいことが、彼らを再教育することの非常に困難な一つの理由である。


一方において、自分が綴をすると信じないならば賭博するものは無いだろうが、この信念には、自分がそれを非常に望んでいるということ以外になんの根拠もない」。


<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話占いの詳細は＞＞</a>

]]></description>
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         <pubDate>Tue, 13 Sep 2011 17:40:24 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>スリープ・セレモニーという現象</title>
         <description><![CDATA[東京大学を卒業したある精神科医は、「私は就眠儀式を10ほどやらないと眠れない」といっていましたが・・・


こうした行動は健康な人でもよくやっていることなので、べつに心配する必要はありません。


ただ、あまりにこの就眠儀式にこだわりすぎると、だんだん病的になり、強迫神経症と呼ばれるようになります。


たとえば、夜中に、ガスの栓を閉め忘れたのではないかと心配になって何十回も見まわりにいく。


それでもまだ、安心して眠れません。


ついに疲れはてて、自分でもどうしていいのかまったくわからない・・・。


こういうことで、精神科医を訪ねる人がいます。


たしかに、これは病的です。


こうした人以外なら、まず心配はないでしょう。


かえって、それが<a href="http://nuqmo.com/" target="_blank">ソファー ベッド</a>での心地よい眠りを誘うものです。


ところで、この就眠儀式つまりスリープ・セレモニーという現象は、生理学的にどう説明できるのでしょうか。


これは次回。


]]></description>
         <link>http://redlatina.net/2011/09/post_40.html</link>
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         <pubDate>Mon, 05 Sep 2011 13:35:35 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>サーフィンスクールで聞いたこと　2</title>
         <description><![CDATA[こんにちは。


今日も、わたしが<a href="http://ccc-kugenuma-beach.com/" target="_blank">初心者 サーフィンスクール</a>に通っていたころにプロから聞いたことを紹介していきたいと思います。


基本のスタンスは、これから先にやっていくことのすべての基本になります。


基本スタンスがきちんとできていないうちに他のことにうつったら、すべて失敗すると思って下さい。


基本スタンスができていないと、体重移動もできません。


また、スピン等で失敗することになるのです。


逆に言えば、基本スタンスがきちんとマスターできたら、スピンは意外と簡単にできます。


まずは基本スタンスを、頭で考えなくても身体が覚えているというくらいまでマスターして下さい。


一緒にがんばりましょう＾＾
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         <link>http://redlatina.net/2011/08/2_4.html</link>
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         <pubDate>Thu, 11 Aug 2011 11:36:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>サーフィンスクールで聞いたこと</title>
         <description><![CDATA[「岸の上で基本のスタンスを練習する時も、ノーズが下がって少ししなるくらい意識して手で押さえて、胸をはれるように練習して下さい」。


・・・これは、わたしが<a href="http://ccc-kugenuma-beach.com/" target="_blank">初心者 サーフィンスクール</a>に通っていたころにプロから聞いた言葉です。


この手の使い方(ボードの先を押さえる)は、この後習うビーティングやテイクオフなどでも同じように守られなければならないポイント。


足はどうしているのかというと、海に入れば自然と浮いてくると思うのは間違いです。


胸をはったら、身体を弓なりにするように足もボードより上にくるように保ちます。


背筋力がない人にはちょっとつらいかもしれないけれど、筋力の方は徐々にトレーニングで補っていくとして、気持ちだけは意識的に身体全体を弓なりにするように努力しましょう。


足の位置は海に入った時の走るスピードにも関係してくるので、ボードの下に下がらないように、ヒザを曲げないように頑張りましょう。


さて、頭ではわかっても実際に海に入ってみるとボードの上でバランスをとるのはやっぱり難しいですね。


まずは波のあまりない所を探して、自分の身体が慣れてくるまでそこでしっかりと基本のスタンスがとれるように練習しましょう。

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         <pubDate>Wed, 13 Jul 2011 11:35:01 +0900</pubDate>
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         <title>セールスマンの「現車研究」　3</title>
         <description>作った側の論理ではなく、使うほうの論理で、日常語で、新モデルの特徴をびしっと自分たちのものにしてしまいました。


その中のいくつかは、メーカーに伝えられてカタログに追加されたものもありました。


メカニックスの細かなところは、一夜漬けでは不十分でした。


いたしかたなく、現物のその部分に荷札を縛りつけ、そこにメモを記して補いました。


その車を展示するわけです。


それではいかにも不体裁ではないかと懸念したが、ボンネットをのぞき込んだお客は、花が咲いたような荷札の一枚一枚を手にしながら、普通ならその名称を聞くに留まるところを、その機能まで質問しだしました。


その質問に、自分でもまだわかりきっていないメカニックス担当が、汗だくで答えることとなりました。


このやりかたの成果は大きかったのです。


もちろん、営業成績とセールスマンのモチベーションの双方においてです。


・・・残念なことに今日では、新聞や週刊誌による事前情報の氾濫のために、これはできなくなっています。

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         <pubDate>Sat, 25 Jun 2011 10:25:05 +0900</pubDate>
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         <title>セールスマンの「現車研究」　2</title>
         <description>途中で運転を交代しながら、実験をくり返します。


ゴールは研修所としました。


対抗車種との乗り比べもやりました。


研究発表は翌朝となりました。


それまではチームごとに、かんかんがくがくのディスカッションによって、テーマに関する発見とその共有化に力を注いでいきます。


各チームの発見の評価は、全員の投票によることとしました。


セールスマンは、一日のほとんどをお客と接しています。


お客の関心をいやというほど聞かされ、微妙な数値まで意識させられています。


自分が売っている車がどこの車と比べてどうだとか比較されつづけて、悔しい思いもしています。


したがって、研究テーマへの目は、自ずと研ぎ澄まされて鋭いものなのです。


各チームによる発見が集大成される発表会が終わるころには、メーカーから送られてくる説明書の内容などはすべて自分たちの言葉でクリアしてしまい、さらに、それ以上の発見をやってしまいました。


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         <pubDate>Wed, 25 May 2011 10:24:24 +0900</pubDate>
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         <title>セールスマンの「現車研究」</title>
         <description>ある企業では、新型車の発売にあたっては、メーカーからディーラーに、商品知識を盛り込んだ4、50ページにわたる印刷物が、発売に先だって送られてきます。


これには、メーカー側で用意したセールスポイントから、セールストークにいたるまでが示されています。


どっちみちこの種のものはあまり読まれはしないのですが・・・


むしろ読まないことによって、新モデルをよりよく知ろうというのが、ここでいう「現車研究」です。


最初にやることは、新車に関する事前情報をわざわざ締め出すことです。


3カ月ぐらいまえから、本社の郵便受け担当者がそれに気をつけはじめます。


そして、展示用の車が到着してから展示会までの間を利用して、セールスマン全員で、新モデルの特徴を、現物によって研究するのです。


折悪しく最初の試みのときは、車の到着が展示会前日ということになってしまいました。


走行性能、運転への対応性能、乗り心地、室内装飾などの研究テーマを設定して、展示会前日の朝8時に集合。


明け方から、次々と新車が到着します。


直ちに仮ナンバーを着けて、予め編成されていたチームごとに車を割り当てて試乗に出発します。

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         <pubDate>Mon, 25 Apr 2011 10:23:01 +0900</pubDate>
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         <title>人生は意識によって決定される</title>
         <description>「先生、わかった。この病気が治ったら、次からはそう考える」


・・・これではダメなのです。


私たちの人生は、意識によって決定され、意識によって現実化されています。


だから意識のもつ力を知ることが何よりも必要なのです。


どんな意識をもつかはその人の自由ですが、意識のもち方が人生を左右していることは、どんなに強調してもし過ぎることがありません。


人生はその人の意識そのものといっていいのです。


病気になることは、健康について考えるチャンスを与えられたということです。


人間は健康であるときは、決して真の健康のありがたさはわからない。


病気になって、つまり健康を失ってはじめて、健康がどういうものだったのかわかるのです。


そういう意味では病気は天からの贈り物ということができます。

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         <pubDate>Wed, 09 Mar 2011 11:16:09 +0900</pubDate>
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         <title>病気を意識しないこと</title>
         <description>健康に注意するというのも、だから見方によっては不健康なことです。


最良の方法は病気を意識しないこと。


では、いったいどうしたら病気を意識しないでいられるのでしょうか。


それは意識を病気へ向けないですむような生き方をすることです。


たとえば今日一日を精一杯楽しく生きる。


心配、不安、恐れなど心を暗くすること、うんざりすること、元気が出ないようなことに、エネルギーをできるだけ使わないようにする・・・。


心がわくわくして楽しいことにのみエネルギーを振り向けるのです。


こういういい方はたぶん、病気になってしまった人や、強い不安を抱いている人にはなかなか理解してもらえないことです。


「とにかくいまはこの病気を治さなければ」「そんな気楽なこと、健康だからいえるんだ」と。


だがその気持ちを認めていたら、私がいいたいことは未来永劫わかってもらえないでしょう。


心がわくわくする楽しいことにエネルギーを使うことは、そのことじたいがどんな薬や先端治療法にもまさる最高の治療法なのです。


そうすることによってあなたは病気から解放されるのです。

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         <pubDate>Sat, 19 Feb 2011 11:15:23 +0900</pubDate>
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         <title>病気は性格によるもの</title>
         <description>医師は本当のことをいっているのですが、それだけガンへの恐怖を強くもっているのです。


そうなると、もう自分の予想どおりに物事が運ばないと納得できない。


24時間、そのことばかり考えている・・・。


こういう人は生命エネルギーを自分の不安、恐怖、心配のためにだけ使っているのです。


同じような生活スタイルでいながら、ある人は病気になり、ある人は病気にならないことがあります。


これを生まれつきの体質、あるいは運、不運という見方もできますが、私にいわせれば一番大きいのは性格です。


病気になりにくい人というのは、ふだんから健康に留意している人ではなく「病気を意識していない人」なのです。


日常の生活で病気のことなんかまるで考えていない。


人間は何も考えていないほど強いものはないのです。


成人病年齢というのがあります。


中年期を迎えると、だれもが「そろそろ成人病に気をつけろよ」という。


それを「そうだな」と意識したとき、実は心のなかに病気の種を植えつけている。


そしてその種に水と栄養分をやるのが、病気への恐れや不安の意識なのです。

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         <pubDate>Wed, 09 Feb 2011 11:14:29 +0900</pubDate>
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